森林と林業 緑の論壇 「安全対策から考える未来の林業」


日本林業協会の森林と林業 2023年12月号の緑の論壇に弊社代表取締役 前田多恵子が寄稿させていただきました。

これまでに行ってきた安全対策、労働負荷軽減対策の経緯、実際の取り組み、そして安全対策、労働負荷軽減対策を通して考える10年後、20年後の林業について考え書かせていただきました。一部修正して掲載いたします。

私は岡山県東部で素材生産業を営むと同時に林業に係る機械や道具を日本全国に販売している山陽商事株式会社の代表を2009年から務めている。

素材事業部門は今春、陸上自衛隊から1名、航空自衛隊から1名、兵庫県立森林大学校から1名が入社し、現在、嘱託雇用1名を含む合計6名が、日々伐木、集材、運材の作業にあたっている。

私が林業現場の作業の安全性向上が効率性、生産性の向上につながっていることを実感したのは、2008年、日本で初めてスーパー繊維ロープによる集材を導入したことだった。 

それまで使われていたワイヤーロープの1/6の軽さ、同径であれば約1.3倍(新品時)の引っ張り強度、加工のしやすさ、握っても素線で怪我をする心配の無さなどが作業者の労働負荷、心理的負担の軽減につながる。

作業者は安心して作業が行えることから効率性が上がり、生産性の向上につながっていると考えられる。このことがきっかけとなり林業の作業現場の安全性向上が私のライフワークとなり、メーカーと一緒に会社の現場で実証を繰り返しながら製品の改良、開発に取り組んでいる。

直近では、これまでのスーパー繊維ロープはウィンチの中でスーパー繊維ロープ同士の食い込みが頻発し、それによりウィンチが逆回転して作業者が引っ張られ転倒するなど、安全面で課題があった。そこでメーカーと共同でより安全でより効率的に安心して使えるスーパー繊維ロープの改良を行い、11月に開催された森林林業環境機械展示実演会で発表するところまでこぎつけた。(写真①)

しかし、労働災害の発生率が他産業に比べて極めて高く、「きつい、汚い、危険」と言われる3Kの林業においては全体の約70%を占めている伐木に関する死傷事故を減らさなければ安全で安心して働ける現場の実現は不可能と私は考えている。

現在のように、全産業平均の約10倍と言われる労働災害発生率では林業就業人口は衰退の一途をたどってしかるべきだろう。弊社においては、安全装備の支給はもちろんのこと、労働安全確保に資する技術研修や講習会への参加、講師を招いての伐木技能の社内研修を行っているが、私はハラハラドキドキの毎日であることに変わりはないし、「作業終了」のLINEが入るまでは安心することが出来ない。

伐木時の事故を減らすには今のように人間がチェーンソーで立木を伐るのではなく、遠隔で機械を操作して立木を伐ることで可能になるのではないかと私は考えた。

遠隔でと言うのは、機械に人が乗っていると林地内で機械が転倒した際に大事故になることと、操縦席をなくすことで機械の構造そのものが従来の形に囚われず新しい発想が生まれるのではないかと考えたからである。

そこで、岡山県津山市の異業種連携のプログラムを通じてロボットメーカーと連携して、ロボットによるグラップルとハーベスタの操縦システムの開発に取り組んだ。

ロボットを重機の操縦席に座らせ操縦稈につなぎ、離れたところからリモコンでそのロボットを動かし、重機を前後に走行、アームとブームの上げ下げ、グラップルで造材した丸太をつかみ、ハーベスタでは立木の伐倒と造材に成功した。(写真②)

ところで、この実証実験では操縦者は機械のそばで機械の動きや対象物を目で見て確認してリモコンで操作をしていたため、無意識の内に機械に寄ってしまい危ない場面があった。また将来的に現場から遠く離れた場所からでも操縦できるシステムにまで発展させる必要がある。

しかし、現在の林業現場の多くは携帯電話の圏外であり、通信が届かない状況である。最近登場したスターリンクシステムも空が開けている場所でないとつながらず、そのままでは使うことが難しい。そこで、現在異業種の各社と連携してWi-Fi通信をマルチホップさせ林地内に届かせる技術を開発している。このシステムを用い、カメラで捉えた映像を高圧縮して送信すれば、離れたところからでも遅延がほとんどなく現場状況を見ることができる。

これまでのフィールド試験では500メートル以上の通信が可能であることを確認している。更にこのシステムにインターネットのプロトコルとの連動機能を持たせ、スターリンク衛星とつなげば、通信エリア圏外の山間地でも通信とインターネットの接続も可能となる。

本年11月、弊社の現場(携帯圏外)において新たなデバイスをスターリンクと接続して行った実験では、マルチホップでインターネットに接続し、携帯電話のつながらない場所からのカメラ映像送信や遠隔地とのビデオ通話に成功している。(写真③)

上記のシステムは開発途上で、林業機械を遠隔で自在に操作できるレベルにはまだ時間を要するが、十分な手応えとともに改良を継続している。この通信システムが完成すれば今までとは全く違った林業の世界が開けるのではないかと私は期待している。

例えば、モニターを見ながら林業機械が遠隔操作出来るようになれば今より多様な人が林業で働けるようになるのではないだろうか?それに加えて、ドローンで撮影しながら同時に数か所で見ることが可能になったり、通信を使った安全対策製品が使えるようになったり、地図情報を活用する様々なアプリの現場での使用が可能になれば森林の現況がより精密に正確に把握できるようになる。そして、何よりも事故が起きたときに素早く連絡が出来ることは助かる命が助かるようになるだろう。

 10年先、20年先の世界を想像することは難しい。しかし、今、問題になっていること、課題になっていること、なりそうなことは先送りすればするほど解決が難しくなるのではないかと私は感じている。

11月に張ったままの状態で分解しやすい獣害防止ネットをメーカーと開発し、販売を始めたが、それもその一つだ。これまでの獣害防止ネットは数年経つと下草やツルがからみついて撤去が不可能になったり、困難になったりする。その状態で除伐や間伐をすると作業者に危険が及ぶ。また、マイクロプラスチックになって土壌へ影響を及ぼす可能性もある。(写真④)

林業の労働災害を減らすことは容易ではない。様々な安全対策が徹底されるように施策や通知、研修が行われているが、それらを意識せず、危ない独自の作業を容認し、安全面や衛生面を軽視する雰囲気が林業界にあるのではないだろうか?それは安全で安心して働ける環境と言えるだろうか?働きやすい環境を実現することは林業の未来につながっていくのではないだろうか?私はこれからも周りの人たちと協力して未来につながる安全で働きやすい誇りの持てる林業の実現に向けて取り組んで行きたいと思う。